1日だけ咲くワスレグサ
6月頃から9月頃にかけて、日本各地の草原には、地域ごとに特徴的なキスゲ属(ワスレグサ属)のオレンジや黄色の美しい花が咲きます。ワスレグサ属の大きな特徴は、花の寿命が短い一日花であることです。ワスレグサ属植物が英語で“Day-lily”とよばれているのは、この一日花の特徴に由来します (ちなみに ”lily” とつきますが、いわゆるユリ属とは別の植物で、近年の分子系統による分類体系ではユリ科にも入らない分類群となりました)。
一日花は一般的に、1日だけ花を咲かせてその日のうちに花がしぼんで (閉じて) しまう花のことを指しますが、キスゲ属(ワスレグサ属)の面白い特徴は、一日花でありながら「種によって花の開花時間が異なる」ことです。
例えば、“ハマカンゾウ”という種は、早朝に花を咲かせて、その日の夕方から夜に花を閉じる昼咲きの花です。一方、同じ属に“キスゲ”という種があります。キスゲは別名“ユウスゲ”ともよばれ、その名が示すとおり夕方から咲き始め、翌日の朝に閉じる夜咲きの花です。
左が昼咲きの“ハマカンゾウ”、右が夜咲きの“キスゲ”
なぜ、ハマカンゾウは昼に、キスゲは夜に花を咲かせるのでしょうか。この謎は、花と昆虫の関係にヒントがあります。ハマカンゾウとキスゲでは、花粉の媒介者が大きく異なります。ハマカンゾウは、主に昼行性のアゲハチョウの仲間が蜜を吸いに訪れて花粉を媒介します。一方、キスゲでは、日没頃に活動が活発になる夜行性のスズメガの仲間がパートナーとなって花粉を運びます。
遺伝学的特徴から進化の過程を明らかにする
夜咲きのキスゲはハマカンゾウのような昼咲きの種から進化したされています。私たちは、開花時間が昼咲きから夜咲きへ「飛躍」したことによって、キスゲの進化が起こったという仮説を考えて研究をすすめています。
まず、花の形質(特徴や性質)について、遺伝学的な実験から解析を行いました。その結果、開花時刻を制御するのは主要な遺伝子(性質に対して効果が大きい遺伝子)であることが分かりました1)。このことは、昼咲きの少しの遺伝子が突然変異したことによって、開花時間が大きく変化し、“夜咲き”になった可能性が高いといえます。
では、夜咲きという特徴を獲得したキスゲは、もとの昼咲きの集団のなかからどのようにして進化したのでしょうか?このことを検証するため、ハマカンゾウからキスゲへの進化の過程について、実証データに基づいてコンピュータシミュレーションを行いました。その結果、開花時間が重要であること、昼咲きの祖先から夜咲きのキスゲが進化することは可能であることが明らかになりました2, 3)。
「花時計」が存在するなら、その遺伝子とは?
生物分類学の父とよばれたカール・フォン・リンネ (1707~1778) は、1日の決まった時刻に開花や閉花をする植物を時刻順に並べたら時計のようになるという「花時計」のアイデアを考案しました。植物にも概日時計 (がいじつどけい:人間では体内時計に相当するもの) を司る遺伝子群があり、様々な生理現象に影響を与えているということが近年明らかになってきました。このことはまさに、キスゲ属の花の咲く時間は「花時計」によって調節されていると言えるでしょう。
私たちは、ハマカンゾウとキスゲを対象に、組織で発現している遺伝子を網羅的に解析する方法や遺伝子配列の比較を行い、開花時間を決める「花時計」の遺伝子の探索の研究に挑戦しています。これまで、(1日のうちの) 開花時間の違いに関する他の植物での知見は少なく、候補となる遺伝子を絞ることが難しい状況でしたが、概日時計に関する遺伝子を候補に比較を行っています。近い将来、「花時計」遺伝子を探索し、キスゲの花の特徴がどのように進化したかを明らかにしたいと計画しています4)。
フィールド科学研究室 助教 新田梢
1) K. Nitta, A. A. Yasumoto, T. Yahara: “Variation of flower opening and closing times in F1 and F2 hybrids of daylily (Hemerocallis fulva; Hemerocallidaceae) and nightlily (H. citrina)”, American Journal of Botany, 97: 261-267.(2010)
2) T. Matsumoto, A. A. Yasumoto, K. Nitta, Shun K.Hirota, T. Yahara, H. Tachida: “Difference in flowering time can initiate speciation of nocturnally flowering species”, Journal of Theoretical Biology, 370, 61-71. (2015)
3) 新田梢・陶山佳久(責任編集)、種生物学研究第38号「生物時計の生態学―リズムを刻む生物の世界」、2015、文一総合出版
4) 新田梢「掛け合わせ実験で花の進化に迫る~ハマカンゾウとキスゲから見えてきた『花時計の遺伝子』の正体とは?」ブンイチvol.1:46-47(2016) 文一総合出版